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『'''ドンキーコング'''』(''Donkey Kong'') は、[[1981年]]に[[任天堂]]から発売された[[アーケードゲーム]]である。[[1982年]]には[[ゲーム&ウオッチ]]に、[[1983年]]には[[ファミリーコンピュータ]]に移植する。
 
『'''ドンキーコング'''』(''Donkey Kong'') は、[[1981年]]に[[任天堂]]から発売された[[アーケードゲーム]]である。[[1982年]]には[[ゲーム&ウオッチ]]に、[[1983年]]には[[ファミリーコンピュータ]]に移植する。
   
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== ゲーム概要 ==
 
== ゲーム概要 ==
[[マリオ (ゲームキャラクター)|マリオ]]<ref>当時はまだ名前がなく、後に発売された[[ゲーム&ウオッチ]]マルチスクリーン版ですら「救助マン」という名称だった。なお、設定上の名称は「Mr.VideoGame」である。</ref>を操作して、[[ドンキーコング (ゲームキャラクター・初代)|ドンキーコング]]が転がしたり放り投げてくる樽・火の粉・おじゃま虫などの妨害を避けながら、ドンキーコングにさらわれた恋人のレディを助けるという、一画面固定[[アクションゲーム]]である。現在では任天堂の代表的なゲームキャラクターとなったマリオはこの作品が初登場となる。
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[[マリオ (ゲームキャラクター)|マリオ]]<ref>当時はまだ名前がなく、後に発売された[[ゲーム&ウオッチ]]マルチスクリーン版ですら「救助マン」という名称だった。なお、設定上の名称は「Mr.VideoGame」である。マリオという名前で登場したのは続編の『ドンキーコングJr』から。</ref>を操作して、[[ドンキーコング (ゲームキャラクター・初代)|ドンキーコング]]が転がしたり放り投げてくる樽・火の粉・おじゃま虫などの妨害を避けながら、ドンキーコングにさらわれた恋人の[[ポリーン|レディ]]を助けるという、一画面固定[[アクションゲーム]]である。現在では任天堂の代表的なゲームキャラクターとなったマリオはこの作品が初登場となる。
   
 
[[Image:Donkey Kong arcade.jpg|thumb|アーケード版ドンキーコング]]
 
[[Image:Donkey Kong arcade.jpg|thumb|アーケード版ドンキーコング]]
後に『[[スーパーマリオブラザーズ]]』を手がける[[宮本茂]]がディレクターを務め、プログラムを池上通信機が担当した<ref>「bit」1997年4月号「ドンキーコング奮闘記」より</ref>。任天堂米国法人で余ったアーケード基板の流用を目的として作られたゲームで、企画段階での原案は「[[ポパイ]]のビア樽攻撃ゲーム」だったと言われている。宮本は製作の際、キャラクターをそのまま使おうと思っていたらしいが、版権の問題により、マリオやドンキーといったオリジナルのキャラクターを自らデザインした。さらわれたオリーブをポパイが助けに行くという原作の構図を活かして作られたのが『ドンキーコング』である。この当時はマリオの名前は決まっていなかった。マリオという名前で登場したのは続編の『ドンキーコングJr』から。マリオは赤いシャツに青いオーバーオールというファッションが一般的だが、この当時は青いシャツに赤いオーバーオールという、逆の配色だった。
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後に『[[スーパーマリオブラザーズ]]』を手がける[[宮本茂]]がディレクターを務め、プログラムを池上通信機が担当した<ref>「bit」1997年4月号「ドンキーコング奮闘記」より</ref>。任天堂米国法人で余ったアーケード基板の流用を目的として作られたゲームで、企画段階での原案は「[[ポパイ]]のビア樽攻撃ゲーム」だったと言われている。宮本は製作の際、キャラクターをそのまま使おうと思っていたらしいが、版権の問題により、マリオやドンキーといったオリジナルのキャラクターを自らデザインした。さらわれたオリーブをポパイが助けに行くという原作の構図を活かして作られたのが『ドンキーコング』である。因みにマリオは赤いシャツに青いオーバーオールというファッションが現在一般的だが、この当時は青いシャツに赤いオーバーオールという、逆の配色だった。
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ステージ構成は、スタートが25mで、順に50m・75m・100mとなり、これらの4つの面を順番にクリアすると再び25mから始まる4面ループ制<ref>ただしこれは国内版の仕様であり、米国版だと多少異なる。ここでは、便宜的にタル面を25m、ベルトコンベアー面を50m、ジャッキ面を75m、ボルト外し面を100mと表記することにし実際に表示する高さと異なる場合は括弧書で実際に表示する高さを並記する。
 
ステージ構成は、スタートが25mで、順に50m・75m・100mとなり、これらの4つの面を順番にクリアすると再び25mから始まる4面ループ制<ref>ただしこれは国内版の仕様であり、米国版だと多少異なる。ここでは、便宜的にタル面を25m、ベルトコンベアー面を50m、ジャッキ面を75m、ボルト外し面を100mと表記することにし実際に表示する高さと異なる場合は括弧書で実際に表示する高さを並記する。
 
* 1周目 - 25m、100m(表示上は50m)の2面
 
* 1周目 - 25m、100m(表示上は50m)の2面
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: 25mの樽は国内版だとマリオが梯子を登り切る直前なら梯子を伝ってこないが、米国版ではおかまいなしに梯子を伝ってくるため国内版よりも難しい。
 
: 25mの樽は国内版だとマリオが梯子を登り切る直前なら梯子を伝ってこないが、米国版ではおかまいなしに梯子を伝ってくるため国内版よりも難しい。
 
: セガが米国版の基板を保有しており、一部の直営店で稼動させているため、国内でも米国版を遊ぶことは可能。</ref>。樽や敵に触れたり、落下するとミスとなる。また、各ステージには制限時間が設けられており、時間内にステージをクリアしないと強制ミスになる。クリアすると、その時点での残り時間がそのまま得点に加算され、一定以上の得点になるとリトライ数が1増える。
 
: セガが米国版の基板を保有しており、一部の直営店で稼動させているため、国内でも米国版を遊ぶことは可能。</ref>。樽や敵に触れたり、落下するとミスとなる。また、各ステージには制限時間が設けられており、時間内にステージをクリアしないと強制ミスになる。クリアすると、その時点での残り時間がそのまま得点に加算され、一定以上の得点になるとリトライ数が1増える。
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25m〜100mを1周としており、この周回数が上がるにつれ敵の攻撃が激しくなるが、制限時間のスコアも増えるため高得点を狙いやすくなる。ただしステージの難易度が最も高いのは5周目となり、それ以降は難易度がループする。ただしバグのため22周目に突入するとわずか8秒ほどで強制ミス<ref>原因は制限時間の数値が[[オーバーフロー|桁あふれ]]するためだが、プログラムの流れからみて意図的にしているものと考えられる節がある。もっとも、単純なバグなのか意図的なものなのかは定かではない。</ref>になってしまいクリア不能となる(事実上の最高到達点)<ref>25m〜75mはクリアできるが、100mは途中ミス後の再スタート時にボルトが直って初めからのやり直しになるため約8秒でのクリアができない。25〜75mもクリアにはワープが必要で、後期に作られた日本版や米国版ではワープができないためクリア不可能。</ref>。
 
25m〜100mを1周としており、この周回数が上がるにつれ敵の攻撃が激しくなるが、制限時間のスコアも増えるため高得点を狙いやすくなる。ただしステージの難易度が最も高いのは5周目となり、それ以降は難易度がループする。ただしバグのため22周目に突入するとわずか8秒ほどで強制ミス<ref>原因は制限時間の数値が[[オーバーフロー|桁あふれ]]するためだが、プログラムの流れからみて意図的にしているものと考えられる節がある。もっとも、単純なバグなのか意図的なものなのかは定かではない。</ref>になってしまいクリア不能となる(事実上の最高到達点)<ref>25m〜75mはクリアできるが、100mは途中ミス後の再スタート時にボルトが直って初めからのやり直しになるため約8秒でのクリアができない。25〜75mもクリアにはワープが必要で、後期に作られた日本版や米国版ではワープができないためクリア不可能。</ref>。
   
制限時間は一定時間ごとに100ずつ減るのだが、周回を追うごとに減るペースが速くなるため、スタート時の制限時間スコアが多いからといって実際の制限時間が長いとは限らない。例えば最初の周回は開始時5000点・減少は2秒弱ペースだが、2周目になると開始時6000点・減少は約1.5秒ペース。同じように3周目は開始時7000点・減少は1秒強ペース、4周目以降は開始時8000点・減少は1秒ペース(なぜか25mのみ約1.5秒ペースの減少)。バグの発生する22周目は、開始から400点減った時点で強制ミス<ref>びっくらめーしょん,『[[ゲーメスト]]』2号(1986年7月号)、新声社</ref>。22周まで到達した場合に出せる総合得点は60万点台<ref>米国版では25mステージが多いため得点効率よく22周まで行けば100万点以上も可能だが、その場合はスコア表示の左端にレディの顔が現れるバグがある。2007年3月23日に Steve J. Wiebe が1,049,100点を記録、さらに同年6月26日には『[[パックマン]]』でパーフェクトゲームを達成した Billy L. Mitchell が米国版22周目の25mで終了して1,050,200点を記録している。</ref>。
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制限時間は一定時間ごとに100ずつ減るのだが、周回を追うごとに減るペースが速くなるため、スタート時の制限時間スコアが多いからといって実際の制限時間が長いとは限らない。例えば最初の周回は開始時5000点・減少は2秒弱ペースだが、2周目になると開始時6000点・減少は約1.5秒ペース。同じように3周目は開始時7000点・減少は1秒強ペース、4周目以降は開始時8000点・減少は1秒ペース(なぜか25mのみ約1.5秒ペースの減少)。バグの発生する22周目は、開始から400点減った時点で強制ミス<ref>びっくらめーしょん,『[[ゲーメスト]]』2号(1986年7月号)、新声社</ref>。22周まで到達した場合に出せる総合得点は60万点台<ref>米国版では25mステージが多いため得点効率よく22周まで行けば100万点以上も可能だが、その場合はスコア表示の左端にレディの顔が現れるバグがある。2007年3月23日に Steve J. Wiebe が1,049,100点を記録、さらに同年6月26日には『[[パックマン]]』でパーフェクトゲームを達成した Billy L. Mitchell が米国版22周目の25mで終了して1,050,200点を記録している。</ref>。
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アーケード版では発売初期の前期バージョン(通称「TRYバージョン」)と、バグを修正した後期バージョン(通称「GETバージョン」)が存在する。主な違いは、ステージ開始時のメッセージが異なる(前期バージョンでは「HOW HIGH CAN YOU TRY?」、後期バージョンは「HOW HIGH CAN YOU GET?」)ことと、後期バージョンは25mのワープの裏技が不可能になったことなどである。なお、米国版は後期バージョンに準拠している。
   
当時としては画期的な一画面固定型アクションゲームで、マリオのジャンプアクションの原点である。ファミコン版では容量の問題で、アーケード版のベルトコンベアー面(50m)が削除され、25mで放り投げられた樽が1段ずつ引っ掛かりながら真下に落ちるか毎回同じジグザグに落ちる2種類しかないため、ランダムに来るアーケード版のようなスリルはないが全体的な出来は良く、ファミコン本体の売り上げを牽引したソフトになった。シンプルなステージの繰り返しだったそれまでのゲームに対し、キャラクター性とストーリ性を持たせた点でも優れた作品であることがわかる。
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当時としては画期的な一画面固定型アクションゲームで、マリオのジャンプアクションの原点である。ファミコン版では容量の問題で、アーケード版のベルトコンベアー面(50m)が削除され、25mで放り投げられた樽が1段ずつ引っ掛かりながら真下に落ちるか毎回同じジグザグに落ちる2種類しかないため、ランダムに来るアーケード版のようなスリルはないが全体的な出来は良く、ファミコン本体の売り上げを牽引したソフトになった。シンプルなステージの繰り返しだったそれまでのゲームに対し、キャラクター性とストーリ性を持たせた点でも優れた作品であることがわかる。なお、海外では発売時期の関係([[NES]]発売前)からか、任天堂ハード以外への移植版も存在する。1982年に発売されたゲーム機、[[コレコビジョン]]に同梱という形で発売されている(家庭用ゲーム機としては初めての移植作品)
なお、海外では発売時期の関係([[NES]]発売前)からか、任天堂ハード以外への移植版も存在する。1982年に発売されたゲーム機、[[コレコビジョン]]に同梱という形で発売されている(家庭用ゲーム機としては初めての移植作品)。
 
   
なお、のアーケード用『ドンキーコング』基板はジャンプ音が微妙に長い物が存在する。
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サウンドはアーケード版とファミコン版で若干異ってリメイク版サウンドもファミコン版に準拠している。またアーケード版ではジャンプ音が微妙に長い物が存在する。
   
 
== おもなスタッフ ==
 
== おもなスタッフ ==
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== クレイジーコング ==
 
== クレイジーコング ==
アーケード版ドンキーコングの、一応許諾品(ただし、コピー基板の事後承諾後、国内での販売の権利しかない)であるクローンで、前期バージョン(ステージ開始時のメッセージが「~GET?」ではなく「~TRY?」、後述の裏技が使用可能)が元になっている。東京都府中市に存在したゲームメーカー、ショウエイの子会社[[ファルコン (ゲーム会社)|ファルコン]]が販売していたが、当のファルコンにはゲームを解析する技術が無かったらしく開発は他社が行なったといわれている。一説には当時ファルコンと密接な関係があった[[UPL]]が開発を担当したという説もあったが、当時のUPL社員だった西澤龍一(現・[[ウエストンビットエンタテインメント]] 代表)によると他社による開発は認めているものの、UPLの開発説を否定している。<ref>http://d.hatena.ne.jp/hally/20041104</ref>
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アーケード版ドンキーコングの、一応許諾品(ただし、コピー基板の事後承諾後、国内での販売の権利しかない)であるクローンで、前期バージョンが元になっている。東京都府中市に存在したゲームメーカー、ショウエイの子会社[[ファルコン (ゲーム会社)|ファルコン]]が販売していたが、当のファルコンにはゲームを解析する技術が無かったらしく開発は他社が行なったといわれている。一説には当時ファルコンと密接な関係があった[[UPL]]が開発を担当したという説もあったが、当時のUPL社員だった西澤龍一(現・[[ウエストンビットエンタテインメント]] 代表)によると他社による開発は認めているものの、UPLの開発説を否定している。<ref>http://d.hatena.ne.jp/hally/20041104</ref>
   
 
ただ、先に述べた事後承諾を受けたのはファルコンではなく、ファルコンから独立したスタッフが設立した'''キョウエイ'''というメーカーで、一部『クレイジーコング』のインストラクションカードにはちゃんと”KYOEI”と記されている。しかし任天堂からの事後承諾を受けたのと相前後して、キョウエイが同社の営業権をファルコンに譲渡。その後ファルコンが事後承諾の事実を利用し、許諾台数の数倍という数の基板を製造、販売し、更に海外へと輸出するという事態となってしまった。
 
ただ、先に述べた事後承諾を受けたのはファルコンではなく、ファルコンから独立したスタッフが設立した'''キョウエイ'''というメーカーで、一部『クレイジーコング』のインストラクションカードにはちゃんと”KYOEI”と記されている。しかし任天堂からの事後承諾を受けたのと相前後して、キョウエイが同社の営業権をファルコンに譲渡。その後ファルコンが事後承諾の事実を利用し、許諾台数の数倍という数の基板を製造、販売し、更に海外へと輸出するという事態となってしまった。
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2018年11月23日 (金) 08:13時点における版


ドンキーコングシリーズ > ドンキーコング

テンプレート:コンピュータゲームドンキーコング』(Donkey Kong) は、1981年任天堂から発売されたアーケードゲームである。1982年にはゲーム&ウオッチに、1983年にはファミリーコンピュータに移植する。

続編に『ドンキーコングJr』や『ドンキーコング3』、スーパードンキーコングシリーズがある。

ゲーム概要

マリオ[1]を操作して、ドンキーコングが転がしたり放り投げてくる樽・火の粉・おじゃま虫などの妨害を避けながら、ドンキーコングにさらわれた恋人のレディを助けるという、一画面固定アクションゲームである。現在では任天堂の代表的なゲームキャラクターとなったマリオはこの作品が初登場となる。

ファイル:Donkey Kong arcade.jpg

アーケード版ドンキーコング

後に『スーパーマリオブラザーズ』を手がける宮本茂がディレクターを務め、プログラムを池上通信機が担当した[2]。任天堂米国法人で余ったアーケード基板の流用を目的として作られたゲームで、企画段階での原案は「ポパイのビア樽攻撃ゲーム」だったと言われている。宮本は製作の際、キャラクターをそのまま使おうと思っていたらしいが、版権の問題により、マリオやドンキーといったオリジナルのキャラクターを自らデザインした。さらわれたオリーブをポパイが助けに行くという原作の構図を活かして作られたのが『ドンキーコング』である。因みにマリオは赤いシャツに青いオーバーオールというファッションが現在一般的だが、この当時は青いシャツに赤いオーバーオールという、逆の配色だった。

ステージ構成は、スタートが25mで、順に50m・75m・100mとなり、これらの4つの面を順番にクリアすると再び25mから始まる4面ループ制[3]。樽や敵に触れたり、落下するとミスとなる。また、各ステージには制限時間が設けられており、時間内にステージをクリアしないと強制ミスになる。クリアすると、その時点での残り時間がそのまま得点に加算され、一定以上の得点になるとリトライ数が1増える。

25m〜100mを1周としており、この周回数が上がるにつれ敵の攻撃が激しくなるが、制限時間のスコアも増えるため高得点を狙いやすくなる。ただしステージの難易度が最も高いのは5周目となり、それ以降は難易度がループする。ただしバグのため22周目に突入するとわずか8秒ほどで強制ミス[4]になってしまいクリア不能となる(事実上の最高到達点)[5]

制限時間は一定時間ごとに100ずつ減るのだが、周回を追うごとに減るペースが速くなるため、スタート時の制限時間スコアが多いからといって実際の制限時間が長いとは限らない。例えば最初の周回は開始時5000点・減少は2秒弱ペースだが、2周目になると開始時6000点・減少は約1.5秒ペース。同じように3周目は開始時7000点・減少は1秒強ペース、4周目以降は開始時8000点・減少は1秒ペース(なぜか25mのみ約1.5秒ペースの減少)。バグの発生する22周目は、開始から400点減った時点で強制ミス[6]。22周まで到達した場合に出せる総合得点は60万点台[7]

アーケード版では発売初期の前期バージョン(通称「TRYバージョン」)と、バグを修正した後期バージョン(通称「GETバージョン」)が存在する。主な違いは、ステージ開始時のメッセージが異なる(前期バージョンでは「HOW HIGH CAN YOU TRY?」、後期バージョンは「HOW HIGH CAN YOU GET?」)ことと、後期バージョンは25mのワープの裏技が不可能になったことなどである。なお、米国版は後期バージョンに準拠している。

当時としては画期的な一画面固定型アクションゲームで、マリオのジャンプアクションの原点である。ファミコン版では容量の問題で、アーケード版のベルトコンベアー面(50m)が削除され、25mで放り投げられた樽が1段ずつ引っ掛かりながら真下に落ちるか毎回同じジグザグに落ちる2種類しかないため、ランダムに来るアーケード版のようなスリルはないが全体的な出来は良く、ファミコン本体の売り上げを牽引したソフトになった。シンプルなステージの繰り返しだったそれまでのゲームに対し、キャラクター性とストーリ性を持たせた点でも優れた作品であることがわかる。なお、海外では発売時期の関係(NES発売前)からか、任天堂ハード以外への移植版も存在する。1982年に発売されたゲーム機、コレコビジョンに同梱という形で発売されている(家庭用ゲーム機としては初めての移植作品)。

サウンドはアーケード版とファミコン版で若干異なっており、リメイク版のサウンドもファミコン版に準拠している。またアーケード版ではジャンプ音が微妙に長い物が存在する。

おもなスタッフ

  • 横井軍平(任天堂)
  • 宮本茂(任天堂)
  • 兼岡行男(任天堂)
  • 田中宏和(任天堂)
  • 駒野目裕久(池上通信機)
  • 飯沼実(池上通信機)
  • 西田充裕(池上通信機)
  • 村田泰裕(池上通信機)

クレイジーコング

アーケード版ドンキーコングの、一応許諾品(ただし、コピー基板の事後承諾後、国内での販売の権利しかない)であるクローンで、前期バージョンが元になっている。東京都府中市に存在したゲームメーカー、ショウエイの子会社ファルコンが販売していたが、当のファルコンにはゲームを解析する技術が無かったらしく開発は他社が行なったといわれている。一説には当時ファルコンと密接な関係があったUPLが開発を担当したという説もあったが、当時のUPL社員だった西澤龍一(現・ウエストンビットエンタテインメント 代表)によると他社による開発は認めているものの、UPLの開発説を否定している。[8]

ただ、先に述べた事後承諾を受けたのはファルコンではなく、ファルコンから独立したスタッフが設立したキョウエイというメーカーで、一部『クレイジーコング』のインストラクションカードにはちゃんと”KYOEI”と記されている。しかし任天堂からの事後承諾を受けたのと相前後して、キョウエイが同社の営業権をファルコンに譲渡。その後ファルコンが事後承諾の事実を利用し、許諾台数の数倍という数の基板を製造、販売し、更に海外へと輸出するという事態となってしまった。

日本物産の『クレイジークライマー』の基板を流用しているため、オリジナルとは違う部分が多い。たとえばマリオがジャンプする時の音が「ホヤッ」というかけ声になっており、これはその『クレイジークライマー』でゴリラが攻撃するときの声である。

また、純然たるデッドコピー品といえる「コピー基板のコピー基板」も数多く存在し、『クレイジーコング』の場合はタイトルもそのままでファルコンの社名を消してコピーしたものが出回った。さらに『モンキードンキー』『ビッグコング』などさまざまなコピー品があるが、どれも『ドンキーコング』ではなくあくまで『クレイジーコング』のコピーである。

いずれも大量に出回ったため、これをオリジナルと思った人、またこれしか見たことのない人も多かった為、コピー基板のタイトルの中でもかなりの知名度を誇っている。オリジナルの『ドンキーコング』の基板と違い、ハーネスの配線が複雑では無かったので、汎用筐体で稼動させるには非常に好都合だったらしく、特に駄菓子屋や場末のゲームセンターでは重宝されていた。(ただし、玩具店には任天堂レジャーシステムによるリースで純正品が設置されていることがほとんどだった)

また、同年には『クレイジーコングPARTII』が登場している、ゲーム内容としては特に変化は無いが、アトラクトデモで前作で捕まったコングが檻から脱走するというオリジナルのシーンが追加されている。これにはオリジナルのドンキーコングの製作者、宮本茂はやられたと思ったとコメントした。

後にファルコンは任天堂から民事訴訟を起こされ、続く『ドンキーコングJr』(クレイジーコングJr)の無断コピー事件では刑事告訴され、社長が逮捕された。これは日本で初めてのテレビゲームの無断コピーによる逮捕である。また、アメリカでもコピー業者の摘発の例があり、任天堂は海賊版撲滅に乗り出しこれがスーパーファミコンのパスワードシステムを用いたプロテクトの開発に繋がっていく。

他のゲームとの関連性

マリオがタルをつぶすときに使うハンマーは、ファミコンソフト『レッキングクルー』で壁壊しに使われている他、以降のマリオシリーズにおいて武器として使用されることがある。また、スーパーマリオRPGでのマリオの武器と大乱闘スマッシュブラザーズシリーズでも攻撃アイテムとして登場する。

リフト面でのリフトや敵キャラのファイヤー、ピョンピョン飛んで落ちていくジャッキなども、役割を変えてスーパーマリオブラザーズシリーズでも使われている。

訴訟

池上通信機裁判

アーケード版『ドンキーコング』のプログラミングを委託された池上通信機は、1983年著作権侵害を理由に任天堂に対する賠償請求を東京地方裁判所に申し立てた。池上通信機に無断での、任天堂によるドンキーコング基板の複製に対する契約不履行が、著作権侵害の理由であった。

ゲームデザイン本体は任天堂社員によるものである事と、契約履行後の池上通信機の請求権不在を理由に、任天堂はこの請求を斥けた。 この裁判は判決が下されないまま、両者の和解で決着した。

任天堂に引き渡されたROMデータの中には池上通信機の社名・電話番号などが隠されている。ソースリストは任天堂に渡されていなかった為、続編のドンキーコングJrを開発する際には任天堂自身で逆アセンブルなどの解析を行うはめになった。

なお、本事件後、池上通信機はセガと契約しゲーム開発を続行することとなる。その中のひとつに、ドンキーコングに類似したティップタップ(海外名コンゴボンゴ)があり、クオータービューを採用して立体感を出すなどある意味ではドンキーコングの正統な進化形と呼べる(この関係はときめきメモリアルと、移籍したデザイナーの手によるめぐり愛しての関係に近い)。画面構成や面数の表示方法などで池上通信機テイストが継承されている。

キングコング裁判

1982年には米大手映画会社のユニバーサル映画(当時はMCA傘下)が、『ドンキーコング』は当時同社が版権を保有していた(と主張していたが実際は異なる。詳しくは後述)映画『キングコング』のキャラクター著作権を侵害しているとして損害賠償を求める訴訟を起こした。

これに対し任天堂の米国法人であるNintendo of America(NOA)は逆に「ユニバーサル映画が同訴訟を提起したことは『ドンキーコング』の名誉を毀損した」として反訴を起こし真っ向から対決。そして裁判の過程において、元々ユニバーサル映画はオリジナルの『キングコング』(1933年版)に関する版権を取得せずにリメイク版の『キングコング』(1976年版)を制作していたことが判明したため、「そもそもユニバーサル映画は『キングコング』に関する版権など保有していない」ということでユニバーサル映画側の訴えは却下されてしまう。

最終的に上記の事情に加え「『ドンキーコング』と『キングコング』は全くの別物である」という任天堂の主張が認められた結果、1986年に任天堂はユニバーサル映画から約160万ドルの損害賠償を勝ち取った。

この裁判ではハワード・リンカーン率いるNOA法務部の活躍が光り、以後米国のゲーム業界における任天堂及びNOAの発言力を高めることにつながっている。

名前の由来

『ドンキーコング』の「ドンキー (donkey)」は一般的な「ロバ」という意味ではなく、「とんま、まぬけ」といった意味であるが、英語でその意味で使われることはほとんどない。

名付け親は当時任天堂の広報部に勤めていた本郷好尾。「とんま」という言葉を和英辞典で調べていたら「Donkey」とあり、「語呂がいい」という事で提案したところそのまま正式に採用された。それ以外の案では、宮本茂はゴリラに頭巾をかぶせ「鞍馬コング」にしようと提案したなどといったエピソードもある[9]。またそれ以外に『ファニーコング(Funny Kong)』『ステューピッドコング(Stupid Kong)』『クレイジーコング(Crazy kong)(先述のものとは関係ない)』が候補として挙げられていたが、このうち『ドンキーコング』を正式名称に選んだのは、当時の任天堂本社の貿易部輸出部長だとされる[10]

関連項目

  • ドンキーコング (ゲームボーイ) - アーケード(ファミコン)版のリメイク+アレンジ。FC版で削除されたベルトコンベアー面や帽子のアイテムが復活。ただし広さは1画面分で、オリジナルと比べてやや短縮している。
  • ドンキーコング64 - 条件を満たすとゲーム中でアーケード版ドンキーコングがプレイ可能になる
  • テトリスDS - 一部にこのゲーム画面、音楽が使われている
  • スーパーマリオRPG - ドソキーユングという瓜二つのキャラが登場し、ドンキーコングを題材にしたマップが登場する。
  • 大乱闘スマッシュブラザーズX - 75mのステージを元にした『75m』というステージが当時の原画のままで対戦ステージとして使える。名作トライアルにも体験版が収録されている(スタートは75mから)。
  • DOORS 2008 - ドンキーコングを題材にしているエリアがある
  • メタルギア ゴーストバベル - ミッションの一部にドンキーコングを元にした、樽がジグザグ坂から転がり落ちてくる(跳ねながら転がるのもある)のを避けて進むステージがある。(BGMまでもがパロディめいた曲となっている)

脚注

  1. 当時はまだ名前がなく、後に発売されたゲーム&ウオッチマルチスクリーン版ですら「救助マン」という名称だった。なお、設定上の名称は「Mr.VideoGame」である。マリオという名前で登場したのは続編の『ドンキーコングJr』から。
  2. 「bit」1997年4月号「ドンキーコング奮闘記」より
  3. ただしこれは国内版の仕様であり、米国版だと多少異なる。ここでは、便宜的にタル面を25m、ベルトコンベアー面を50m、ジャッキ面を75m、ボルト外し面を100mと表記することにし実際に表示する高さと異なる場合は括弧書で実際に表示する高さを並記する。
    • 1周目 - 25m、100m(表示上は50m)の2面
    • 2周目 - 25m、75m(表示上は50m)、100m(表示上は75m)の3面
    • 3周目 - 国内版と同じ面構成
    • 4周目 - 25m、50m、25m(表示上は75m)、75m(表示上は100m)、100m(表示上は125m)の5面構成
    • 5周目以降 - 25m、50m、25m(表示上は75m)、75m(表示上は100m)、25m(表示上は125m)、100m(表示上は150m)の6面構成
    25mの樽は国内版だとマリオが梯子を登り切る直前なら梯子を伝ってこないが、米国版ではおかまいなしに梯子を伝ってくるため国内版よりも難しい。
    セガが米国版の基板を保有しており、一部の直営店で稼動させているため、国内でも米国版を遊ぶことは可能。
  4. 原因は制限時間の数値が桁あふれするためだが、プログラムの流れからみて意図的にしているものと考えられる節がある。もっとも、単純なバグなのか意図的なものなのかは定かではない。
  5. 25m〜75mはクリアできるが、100mは途中ミス後の再スタート時にボルトが直って初めからのやり直しになるため約8秒でのクリアができない。25〜75mもクリアにはワープが必要で、後期に作られた日本版や米国版ではワープができないためクリア不可能。
  6. びっくらめーしょん,『ゲーメスト』2号(1986年7月号)、新声社
  7. 米国版では25mステージが多いため得点効率よく22周まで行けば100万点以上も可能だが、その場合はスコア表示の左端にレディの顔が現れるバグがある。2007年3月23日に Steve J. Wiebe が1,049,100点を記録、さらに同年6月26日には『パックマン』でパーフェクトゲームを達成した Billy L. Mitchell が米国版22周目の25mで終了して1,050,200点を記録している。
  8. http://d.hatena.ne.jp/hally/20041104
  9. 「The 64DREAM」(毎日コミュニケーションズ、現在のNintendo DREAM)で掲載されていた「教えて!本郷さん」での返答より。
  10. NHKスペシャル新・電子立国』での荒川實の発言による。

外部リンク


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